広島高等裁判所 昭和40年(ネ)112号 判決 1966年9月22日
控訴人 中村勇
右訴訟代理人弁護士 岡田俊男
同 橋本保雄
被控訴人 室友次
右訴訟代理人弁護士 開原真弓
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対して、金六〇万円とこれに対する昭和三五年二月一一日から完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張と証拠関係は、次に掲げるほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
控訴代理人は、次のように述べた。
被控訴人主張の特約にいわゆる売買には、競売による場合も含まれるものと解すべきである。
そうでないとしても、昭和三八年四月一日頃、古久保弘は高松鉱泉の不動産を競落人の木本信一から買受けた。もっとも、右競落人は、その名義を被控訴人に貸しただけであったから、右の競落によって所有権の所在には何等の変動はなく、実質上、古久保弘は、被控訴人から右不動産を買い受けたわけである。
証拠として、控訴代理人は、当審証人古久保弘の証言を援用すると述べ、
被控訴代理人は、原判決四枚目裏一行目の「益田数枝」とあるのを「益田和枝」と訂正した上、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用すると述べた。
理由
被控訴人が、控訴人に宛てて、金額六〇万円、支払地と振出地安佐郡可部町、支払場所広島信用金庫可部支店と記載した約束手形一通を振り出して交付したことは、当事者間に争いがない。
右の事実に、満期および振出日を除く表面部分の成立について争いがなく、弁論の全趣旨によって右除外部分の成立を認め得る甲第一号証、ならびに、弁論の全趣旨を綜合すれば、被控訴人は、昭和三四年一月二五日、控訴人に対して、満期および振出日を白地のまま、右手形を振り出したが、その後、控訴人において、右の白地部分を、それぞれ、その主張のとおり補充した上、満期日の支払場所で右手形を呈示したが、その支払を拒絶されたことが認められる。
次に、被控訴人の特約に基づく抗弁について判断する。
原審証人吉村重己の証言によって成立を認め得る乙第一号証、同証人の証言、原審および当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、昭和三四年一月二五日、本件手形振出の当時控訴人に対して右手形を振り出さねばならぬような事情にあるとは思っておらず、他にも多額の負債があったが、控訴人の代理人である吉村重己および竹上忠登から執拗にその振出を迫られたので、同人等との間で、他日被控訴人の経営する株式会社高松鉱泉所有の建物について売買が成立し、その代金の授受がなされたときに本件手形金の支払をなし、その日を本件手形の満期とし、それまでは本件手形金の支払はしない旨の約定をなし、その趣旨で、右吉村および竹上が作成した覚書(乙第一号証)と引換に、本件手形を右吉村に交付したこと、被控訴人は、右不動産を八〇〇万円以上に売却することに努めたが、売買の成立を見るに至らないうちに、右不動産が抵当権の実行により競売に付され、昭和三六年一一月二二日、木本信一が代金二、五〇二、五〇〇円で競落したが、配当異議の申立があって、手続はまだ完了していないこと、それのみならず、配当要求額が右競落代金を超えるため、債務者の手許には少しもはいる見込がないこと、右競落後、木本信一は右不動産を古久保弘に売却したが、その代金は、被控訴人や株式会社高松鉱泉には支払がなされていないことが認められ、原審証人田辺頼一、片山孝一、中村登、当審証人古久保弘の各証言のうち右の認定に反する部分は信用し難く、他に右の認定を動かすに足りる証拠は存在しない。
以上認定したところによれば、被控訴人主張の前示特約にいわゆる売買は、被控訴人においてできるだけ有利な条件で前記不動産を売却できるよう相手方を選択しうるために、強制競売や任意競売を含まない趣旨と解するのが相当であり、前示特約に基づく条件はまだ成就していないことが明らかであるから、被控訴人には本件手形金の支払義務はないものといわなければならない。
控訴人は、前示競落人木本信一は被控訴人に名義を貸したに過ぎず、実際には被控訴人が前記不動産を古久保弘に売却した旨主張するけれども、右主張事実を確認しうる証拠はない。
そうしてみると、控訴人の本訴請求は、もはやこの上の判断を加えるまでもなく、理由のないことが明らかであるから、棄却すべきものである。これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。<以下省略>。